ハリケーンと台風
ハリケーンHurricaneと台風Typhoonがこれほど話題となった年はないのではないか。ご存じの通りハリケーンと台風は基本的には同じものである。Tropical Cyclone、つまり熱帯性低気圧である。それが、メキシコ湾岸というか、カリブ海というか、昔ながらで言えば西インド諸島近辺というかで発生したものはハリケーン、フィリピン近海から太平洋西部、南シナ海で発生したものを台風と呼ぶそうである。ちなみにハリケーンの語源は西インド諸島の原住民の風の神「Hurakan(ウラカン)」だということである。台風はtyphoonからきたという説があり、そのtyphoonはもともと中国語で『台風』(台湾からの風)あるいは『大風』からきているといわれていたり、他にもギリシャ神話に出てくる風の神、『Typhon』(テュフォン)からきたという説もあったり、色々だと言うことである。もちろん規模というか勢力の基準は低緯度で発生するハリケーンの方が大きい。
以上の気象マメ知識から感じたこと。やっぱりアメリカのものは桁違いで大きくて、ハッキリしていて、東洋・日本のものは程々の大きさで、かつ語源さえもハッキリしない。
全てに通じる。巨大なものが全てを無くし、ある意味きれいにしてから、ゼロから作り始め、発明、創始者に敬意を払い、白黒ハッキリとしたデジタル文化。合理主義。適度の破壊は、改築や増築、修理で事足り、改良、改善、曖昧なグレーゾーンに価値を見いだすアナログ文化。義理・人情。主義など無い。今朝の『朝日』コラムで編集委員氏が書いていた。
「調整と妥協の政治から、討論と対決の政治へ。コンセンサス重視型から、多数派支配型へ。有権者から見れば『思い切ってやらせてみる政治』であり、『駄目ならとりかえる政治』への転換である。」
私の畏友はかつてアメリカ合衆国政府の米海洋大気局NOAAに勤めていた。環境法が専門の彼は、この秋、南部にある名門大学に招かれ、教鞭を執るはずであった。しかし、今朝のメールによると、大学は来春まで閉鎖、「ハリケーンが職を吹き飛ばした」とあった。しかし、また、ワシントンD.C.で働くという。
その彼がまだ学生であった頃、彼の学友とバカ広いキャンパスの一角で激論を交わしたことを良く覚えている。捕鯨についてであった。私は日本人がいかに鯨を大切にし、いかに効率よく使ってきた文化であるかについて説明するのだが、彼らは「なんであれほどの知的動物を殺すのだ」と言って譲らなかった。「あなた達は鯨から鯨油を採るだけじゃなかったのか!大体、ペリーが開国を迫ったのも、捕鯨船の補給基地確保のためじゃないか!日本人は肉を食べ、油を燃料とし、肥料として使い、果ては髭からバネまで作った!」と言いたかったのだが、そこまでは至らなかった。とんでもなく分厚いステーキを事も無げに食べる男たちに日本男児はひるんでしまった。
地球温暖化が海水面温度の上昇をもたらし、ハリケーンや台風の巨大化を助長し、被害が大きくなってきているのはハッキリしてきたことだが、その地球温暖化に一番の大きな影響を与えているのもアメリカである。大雑把で、脳天気で、単純で、けれども健康的なアメリカ。「わからない」でも書いたが日本は本当にこまめな施策で省資源を実践している。鯨同様、効率的なのだ。
小泉氏の勝利はハリケーン級だが、私たちはそのことの意味と責任をもっと考えなければならない。
私は、昨晩、鱈の煮付けを食べながら、「アメリカ人には箸で骨をとりながら、もしくは口の中で骨をよけながら魚を食べる技術は絶対無いんだろうなあ」、とちょっと誇らしかった。 小さいねえ。台風にもならんわ!
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